クリスマスコンサートは、成功した、かな。
デスカントも何とか止まらずできたし、
仲間で昨日突然やることに決めた曲も最後の伸ばし以外はうまくいった、と信じたい。
練習行けなくてごめん…。
なんだろな、狭かったからかな。
自分の声がめさでかく感じた。
持論だけど、自分の声が自分によく聴こえてくるときって、
声が遠くに飛んでないときだと思う。
ホールとかで歌うと、飛ばそうとする目標点が遠くて、其処へ誠心誠意(?)飛ばすから、自分の周りに自分の声は無い。
自分の声が聴こえるのは、下を向いてるとき。
ちゃんと声飛んでないとき。
今日は飛んでなかったのか、それとも会場が狭かったせいなのか…
つか1号教室で声飛ばないとかどんだけちっさい声なんだよって話。
最近やっと中学時代の感覚を取り戻して、おなかから声出るようになってきた。
だけど腹筋は確実に衰えてるから、スタッカートがうまくできない。
やめたくないなぁ…
向こうで聖歌隊入りたいけど、クリスチャン以外の人を入れてくれるか謎。
おとんは忙しいからやめろって言うんだ。
確かにのろまな私はやめたほうがいいのかもしれない。
だけどさ、
忙しくてカラオケも行けない、
家の壁薄くて熱唱できない、
さらにサークルも出ないなんて
氏ぬ。
今の私からうたを取ったら何も残らないかも知れない。
そんくらい歌が好き。
一度は音楽で食べていこうかとも本気で思った。(あの頃は私もまだ若くてバカだった)
うただけは、私の人生から外したくないのさ。
小学校低学年、
歌うことが好きだった。
小学校中学年、
たくさんの歌に出会った。
小学校高学年、
歌が嫌いになった。自分の歌い方が嫌いだった。歌に、それから顔に表情をつけるのが苦手だった。
中学校1年、
合唱部に出会った。コンサートでやられた。入るしかないと思った。素敵な仲間に出会った。笑顔で歌えるようになった。
中学校2年、
絆が深まった。歌が大好きになった。やめようなんて、一度も思わなかった。合唱に打ち込む日々だった。
中学校3年、
泣いた。やめたくない。ずっと歌いたい。そう思った。最高の仲間だ。
歌をうたい続けたくて、受験勉強もそこそこに合唱団の活動に励んだ。
私の合唱生活は
高2の合唱団活動停止まで途切れることなく続いてた。
途切れてしまってからも、戸上合唱部の仲間で集まって、うた。
カラオケで、うた。
うた、うた、うた。
こんな素敵な音楽ないよ。
楽器は、声、ときどきピアノ。
自分さえ生きていれば歌える。
仲間が居ればハーモニーができる。
逆に、自分が存在しなかったら、
仲間が居なかったら
合唱は成立しない。
だから絆が深まるんだよね。
それからね、
私がいま此処に居る意味を
私は此処に居ていいんだよってのを
合唱は教えてくれるんだ。
♪ここにいてもいいって
いつ誰に言われたのでもないのにね
ここにこうして私はいるよ♪
だけど、合唱は私に
「此処に居てもいいよ」
って教えてくれるの。
大好き、うた。
独唱は苦手なんだけど、やってみたい。
そう思っていたらちょうどお嬢が楽譜をくれた。
練習してみる。
高いけど、歌えたらいいなぁ。
明日、実家に帰ります。
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